上郷町

上郷町ってどんな所?

上郷町駅前鉄道も自動車もなかった時代に大量の物資を山坂を越して運ぶ手段といえば、馬や牛に頼るしかなく、 沿岸との出入口ともなっている上郷町は、上郷ダンコ(駄賃付け)でも有名であった。 それは地域の経済を潤すと共に、芸能や文化や民話の運び手でもあった。 このような経緯から伝承芸能、史跡などの多い地域である。
近年は、東北横断自動車道釜石秋田線釜石自動車道及び一般国道二八三号上郷道路が開通することにより、 上郷町の情勢も大きく変貌しようとしている。 また、ふんだんに木を使った上郷小学校や上郷児童館の新築が大きな話題となっている。

上郷町の主な施設

施設名 所在 Web
上郷地区センター 〒028-0776 遠野市上郷町板沢11地割5番地4 0198-65-2022 上郷地区センター
夢産直かみごう 〒028-0775 岩手県遠野市岩手県遠野市上郷町平倉36-10-5 0198-65-2100  
赤羽根スキー場 〒028-0775 岩手県遠野市上郷町平倉41地割47 0198-65-3535 遠野Skiネット

上郷町の名所

仙人峠

岩手県遠野市と釜石市の境界の北上山地中にある標高887 メートルの峠である。北上川支流の猿ヶ石川の支流早瀬川と、甲子川の分水界となっている。
語源は諸説あって判然としない。以下のような説がある。1,遠野物語に出てくる仙人が住んでいた峠であるという説。2,山麓の鉱山で千人の鉱夫が生き埋めになったという説。3,アイヌ語の「背骨の高いところ」という意味の「セレコ」がなまったという説。

平倉観音

遠野七観音三番目の札所になっている平倉観音。本尊は十一面観音。草創は承和元年(834年)と伝えられている。自覚大師が彫った十一面観音と伝えられるが、遠野に自覚大師が来たとの確定は出来なく、あくまでも伝承となる。また、その伝承だが、この十一面観音は、附馬牛の沢の口の松の木から彫ったとの説と、物見山の桂の木から彫ったとの説があり、それも定かではない。ただ、本来の本尊は野火によって焼失し秘仏として内陣奥に納めているという。

畑屋観音

希代の猟師であった畑屋の縫の霊を祀る為に、京都より千手観音を求めてこの地に祀り、代々縫の家系である高橋家で崇拝してきた観音堂である。

伊豆神社

大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此高原に来り、今の来内村の伊豆権現の社ある処に宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与ふべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めて窃に之を取り、我胸の上に載せたりしかば、終に最も美しき早地峰の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり。

駒形神社

義経伝説にまつわるお社で愛馬「小黒号」が死んだためここに祠を建てて弔ったという伝説がある。「小黒号」と思われる石像が建立されている。

日出神社

義経の娘、日出姫がこの地で亡くなったという伝説がある。旧上郷村の村社である。眼病に効験があるとして、江戸時代には遠野南部氏からの篤い信仰があっ た。例祭は6月第3日曜日に行われている。

トンノミ

上郷村字細越のあたりと思うが、トンノミという森の中に古池がある。故伊能先生は、鳥海とあてるのだと言われ、よくの池の話をした。ここも昔から人の行くことを禁ぜられた場所で、ことに池の傍らに行ってはならなかった。これを信ぜぬ者が森の中に入って行ったところが、葦毛の駒に跨り衣冠を著けた貴人が奥から現れて、その男はたちまち森の外に投出された。気がついて見れば、ずっと離れた田の中に打伏せになっていたという。もう今ではそんなことも無くなったようである。 「遠野物語拾遺36」

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赤羽根稲荷神社

 創建は天文年間(1532~1555)と伝えられる。旧高田街道赤羽根峠への入口に位置し、祭日には多くの参拝客で賑わった。現在の社殿は、文久 3年(1863)に再建されたもの。苔のむした石段と杉並木の雰囲気が素晴らしい。

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