青笹町

青笹町ってどんな所?

青笹町駅前遠野三山の一つ六角牛山(ろっこうしさん)をシンボルとする青笹町は、 その山麓を源とする中沢川・河内川の流域を中心に開発されてきました。 昭和17年には旧青笹村における沢田地区で、凶作の克服と国策としての食糧増産等を図るため、 10日間という短期間に日本で最初の畑地区画整理事業を行っている。 平成11年には「森林のくに・遠野」がオープンし、遠野地方の林業の拠点としても発展している。

青笹町の主な施設

施設名 所在 Web
青笹地区センター 〒028-0503 遠野市青笹町青笹13地割1-8 0198-62-2838 青笹地区センター
総合防災センター 〒028-0501 遠野市青笹町糠前10地割46番地 0198-62-2119 総合防災センター
遠野運動公園 〒028-0501 岩手県遠野市青笹町糠前11ー1 0198-63-1144 遠野運動公園
森のくに遠野(木工団地) 〒028-0502 岩手県遠野市青笹町中沢8-1-8 0198-62-0631 森のくに遠野
青笹町民族館 〒028-0501 岩手県遠野市青笹町青笹13地割    

青笹町の名所

六角牛山

六角牛山(ろっこうしさん)は、岩手県遠野市と釜石市との境界にある山である。 北上山地にあり標高1,294.0メートルの山である。 遠野小富士の異名を持ち、早池峰山、石上山と共に遠野三山として岩手の名山のひとつとして親しまれている。

六角牛神社

青笹町糠前の大草里、六角牛山登山道の入り口に位置する。創建は不明だが、権現様と明和8年(1771)と安永年間(1772~1781)の記録のある神楽大権現の幟が奉納されている。当社ができたのは明治13年(1880)頃で、はじめ中沢の六神石神社と同様の字を当てていたが、その後混同しないように「六角牛」という字を使うようになったという。

六神石神社

当社は、六角牛山(1294m)山頂にある奥宮に対する神社。大同二年に、奥宮に薬師、山麓に不動と住吉三神を祀ったが、その後、嘉祥年代(848-851)に山麓の社を元住吉に遷座。さらに、現在地に移る。また、山頂の奥宮が、再三山火事の被害にあうため、文治5年(1189)阿曽沼公石洞に新山宮として祀り、さらに、当社に合祀し、明治になって六神石神社と改名。大草里や赤沢に、六角牛神社里宮があり、どうして当社だけ、六神石と改名したのかは不明。

荒神神社

遠くに早池峰山を望む周囲を田畑に囲まれた狭い土地に鎮まる茅葺屋根の小さな宝形造社殿が周辺に立つ樹木とあわせて独特の風景を形成し、日本の原風景、また遠野市を代表する風景としてその素朴さが評価され、遠野市の観光ポスターをはじめ、様々な書籍や作品に登場している。また遠野市が価値ある建造物や風景を指定する「遠野遺産」に第37号として選ばれている。

御前沼

青笹村の御前の沼は今でもあって、やや白い色を帯びた水が湧くという。先年この水を風呂にわかして多くの病人を入湯せしめた者がある。大変によく効くと言うので、毎日参詣人が引きもきらなかった。この評判があまりに高くなったので、遠野から巡査が行って咎め、傍にある小さな祠まで足蹴にし、さんざん踏みにじって帰った。するとその男は帰る途中で手足の自由が利かなくなり、家に帰るとそのまま死んだ。またその家内の者達も病気に罹り、死んだ者もあったということである。これは明治の初め頃の話らしく思われる。現在は、どこにあったのかは不明であるが、青笹町の中妻にあったとされている。

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