運動会と言葉

 

 9月1日(日)。

 この日はJA女性部と宮守、鱒沢、達曽部地区合同運動会の日でした。運動会というからには徒競走なのだろうか…?と身構えていたのですが、当日のプログラムには『案山子作り競争』『縄ない』などの見慣れない文字が。

 

 これは一体…?と疑問に思っている間に、チーム単位の打ち合わせタイムが始まりました。顔を寄せ合い、この部分は何番目、ここはこうして…と小声で話すお母さん方の顔は真剣そのもの。皆さん、本気だ…!

 

 

 そうこうしているうちに競技スタート!チームにはそれぞれ割り当てられた衣服や小物があり、それを完成図の通りに身に着けさせるという競技だったのですが、3チームとも着せるものの順番や段取りが異なり、見ていて面白かったです。小物の中には麦わら帽や軍手に加え、ほっぺの飾り(赤い丸)まであり、仕上げとばかりにペタリと貼られた案山子役の人を見て皆思わず笑ってしまいました。かわいい~!!

 ちなみに「縄ない」とは縄をなう早さを競う競争のこと。自分にとっては「なう」という動詞すら馴染みのないものだったので、思わず「なう」って正確にはどういう意味だっけ…?と考えてしまいました。

 

 【綯(な)う】、【糾(あざな)う】とは、糸やワラをより合わせて一本の紐や縄を作ること。(三省堂・大辞林より)「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄のごとし」という例文を見てやっと腑に落ちたくらい、私にとっては遠い言葉になっていました。

 「なう」とは、競技として行われたこと、そのもの。普段から言葉と意味、動作の繋がりを疑うあまり、意味がそのまま目の前で実演されていたにも関わらず、納得するまでずいぶん遠回りをしてしまいました。

 言葉を疑い、慎重になるのは大切なことだと思います。しかし、そんな風にしか生きてこられなかったことを、少しだけ奇妙にも思いました。

 

 

 言葉に関連して、方言の話を少し。

 

 遠野に限らないかもしれませんが、東北の表現にはフワッとした大雑把なものが多い印象があります。

 当然のように主語を抜いたり、こそあど言葉だけを話して成立する会話に出くわすことは数知れず。加えて、「ぱやぱや」「ぐやぐや」等の不思議な言葉が飛び交うので、慣れていない人は面食らうかも。

 

 方言には、標準語以上に、一つの表現に含まれる意味が多い気がします。

 その沢山ある意味の中から、相手の込めたものを拾い上げ、自然に会話を続けられるのは、一体どうしてなのでしょうか。先祖の代から付き合いがあるから?生活する環境が同じだから?これは時たま私の中に浮かんでくる疑問でした。

 

 「言葉が明確でなくても、その場で相手に伝わればそれでいい。それ以外に使う機会も必要もない。」

 …そういった思いが根底にあるとしたらどうでしょう。

 そんな考えが持てるのは、使う機会がないほど、身体を動かすのに忙しいから。誰かを陥(おとしい)れる必要がないほどに、周囲の人との協調関係が完成しているから。内容が伝わらなければ言った人に聞けばいいし、やっている人の背中を見て覚えればいい…。ネットでやりとりをするわけでもないので、言葉が届く距離は人の距離と同じ。

 もしかすると、今の人たちのように、正確に伝わらないことが命取りになるような関係が少ないのかもしれませんね。

 ……などと長々と喋っていると、あちこちから「なにごねでら」とか「ぐやめぐな」などと言われそうなので、脱線、終わります!!

 

 とにかく、おばあちゃんおじいちゃんの縄ないの速いこと速いこと!みるみるうちになが~~~い縄が出来上がっていて、終了した時には思わず拍手を送ってしまいました。これが…人生……!!

 

 

 運動会がお昼ごろに終わったので、用事を済ませる為に遠野市街地へ。 

 同日午後の穀町ではNext Commons Lab(ネクストコモンズラボ)さんの発表会がありました。

 

 

 普段の活動ではまず見かけないようなハイカラ(死語?)な方々がたくさん!中には協力隊OGの姿もありました。地域の魅力はなんなのか、普段の活動はどのようなものなのか、等、色々なお話をされていたようです。残念ながら全ての発表を聞くことはできませんでしたが、久し振りに都市の時間に触れ、そういえばこんな感じだったな…と何かを思い出しました。

 一緒に見学行こうよ!と声をかけて下さった山・里・暮らしネットワークのスタッフさん、ありがとうございました!!

 

 

 

 

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