早池峰神社例祭・宵宮 ~二日目~

 

 AM7:30 睡眠時間は五時間未満。七時間眠らないと動けない自分ですが、この日は少し頑張りました。清々しい朝!数時間前まで行われていた祭の熱は幻だったのかと思ってしまいます。この静と動のギャップも、祭りの面白さの一つですね。

 

 

 

 例祭は10時頃から。数日前、例祭関係者の方にお電話した時点ではお手伝い兼お祭り見学の予定だったのですが、いつの間にか神楽(しんがく)の舞い手としても参加するスケジュールになっていた私。ぽっと出の自分が神事に参加させていただいてもよいのだろうか?という心配に反して、舞い手の皆さんとても親切に教えて下さいました。

 

 と言っても、30分ほど練習したらあっという間に本番スタート。芸能にほとんど触れたことがない人でも昨日の今日で受け入れてしまう早池峰神楽の雰囲気に、あっという間に包まれてしまいました。これは楽しい!県外からのリピーター参加者がいらっしゃるのも納得です。

 

 その裏には、後継者不足で逼迫した状況もあるんだよ、と教えて下さった舞い手の方。

 地域によって性質が異なり興味深いと思う一方で、芸能を担う方々が直面する問題の重大さに気付かされました。時代や状況に合った形に変化しながらも、根っこの大事な部分は変わらないまま、これからも長く続いていってほしいと思う参加者です。

 

 神事は早池峰神社の境内と、そこから少し下った所にある川で行われました。神楽(しんがく)の舞い手は歩き舞いながら神輿を先導し、境内の社に奉納をした後、川へと向かって降りていきます。川に着くと、水に浸した笹の枝を神輿にかけて清めます。

 

 お清めをした後、再び神社へと戻る際に、一緒に列に並んで歯を鳴らす権現さまに頭をかんでもらう地元の方々を見かけました。道行く人、神事を見る人が、列の前で自然と手を合わせ、権現さまに頭を差し出します。こうして誰が呼びかけることもなく、神事の場ができていく姿は、自分にとってとても新鮮で、興味深いものでありました。

 

 例祭の時期になると、色々な場所から色々な人が集まってくる早池峰神社。その形は芸能の担い手不足という状況に適応した進化の結果であり、現代の芸能としてのひとつなのだなと実感した一日でした。同時に、別れ際「来年も来ます!」「またね!」という言葉が交わされる場であるということ、そんな繋がりの根本にある”祭”と”芸能”の不思議な力を、改めて考えさせられる貴重な体験でした。

 

 早池峰神社関係者のみなさん、ありがとうございました!

 

Pocket

印刷用ページ表示 印刷用ページ表示
印刷用ページを表示させると画像が印刷できます。
なお、不要な部分は印刷されません